亘理へ:その3

現場に到着するやいなや、トラックで運んだ荷物を次々とおろした。

中で作業するお母さんにまずは挨拶をする。そして何よりも、土足で入らなければならないお宅に敬意を払う。

ボランティアスタッフリーダーが我々に今日の目的を伝える。
「泥出しの続き、床を剥がしもう少し泥をかき出します。あと、台所の食器の片付けを考えております。皆さん、自分で仕事を見つけて安全にお願いします!」
これらの指示を受け、ボランティアがスタートした。雨と風と湿度により、ゴーグルが曇る。そして、電気がないから暗い。床下はカビ臭いからマスクは外せない。曇って前が見えない、暗いというのは作業する以前の問題だ。ゴーグルを外し、ヘッドランプを付け泥のかき出しを続ける。私の場合、泥を一輪車に載せ、表のブロック塀に寄せる作業が一番かもしれない。力があるものがすべきだろう。

そのうち、廊下をキレイにし物を載せることにしたので、廊下を念入りに掃除してキレイにした。そこへ、お母さんの針子の仕事部屋手伝いを頼まれた。荷物整理と分別。他の家から流れてきたごみなどをまとめる。お母さんの指示で、残すものと捨てるものを決める。一瞬でも悩む物は残すことにした。お母さんの思い出はその都度よみがえり、お母さんの歴史、ここの家族の話、ルーツ、を聞いた。寡黙だったお母さんは、いつしか我々にいろいろな事を教えてくれるようになった。

時間が経つにつれ、畳や道具のかき出し、庭の砂と泥、ゴミ片付け・・・だんだん片付いてくると依頼者の生活に明るい兆しが見えてくるような気がして、もっともっときれいにしてあげたくなった。

あいだ、何度か休憩時間をリーダーはとってくれた。思いつめると、人間は疲れを忘れて仕事をし、長丁場が持たなくなる。だから、長い間の労働は禁止されている。確かに、私もそのパターンにはまったようだった。

その後、私は家に突き刺さった屋根を解体するチームの手伝いをした。家に並んで軽ワゴン車があり、その上に屋根が乗っかっていた。ボランティアスタッフに聞いたら、その車は近隣の人のもので流れ着いたものだという。70を超えるだろうお母さんは家の庭木に登り、しがみつき助かったという。その車には三人乗っていたが、お母さんが木の上から指図して、自分の家の二階の屋根に登らせたのだという。その後、どこかの屋根が流れ着き、車を押しつぶした。

作業中、釘の踏み抜きと引っ掻きや手に刺さらないよう気を付けた。嫌気性の破傷風菌は錆や泥の中に住まう。消防団でも現場で一番気を付けるところである。屋根の解体作業は危険を伴うため、大江町から派遣された大工さんと消防の先輩と私の三人で行った。トタンを剥がし、チェーンソーで屋台骨を切る。電線をカットし、屋根をばらしていく。

暴風雨警報が出たらしく、午後からの作業は中止と本部からの指令が来た。スタッフリーダーは的確に指示を出していく。昼食はとらず、最後まで仕事を続行し、終了後に食事をしようということになった。

屋根の解体は終わりにし、泥出しをまた始めた。泥を積んでいる脇に、二輪の花が置かれているのを見つけた。おそらく、ここで亡くなった方がいるのだろう。思わず合掌し、般若心経の一節をつぶやいた。

最後に泥出しした後に石灰をまいた。みんな真っ白になった。土壌改良に使われる石灰、おそらく殺菌の意味合いもあるのだろう。最後に現場を見渡した。芝生の緑、石畳、庭木が見えてきた。絶望の淵の依頼人が、少しでもまだやれると思ってくれたらいい。そう思った。

最後に挨拶をし帰る事となった。雨なのに頑張った事、お父さんは山形にもゆかりがあるのよという話、感謝しつくせない旨、諸々を一人一人に語ってくれるお母さん。頑張ってと言ってはだめだというけど、思わず出るのは「頑張ってください」の一言。

最後に、阿武隈川の堤防に上り、太平洋と阿武隈川を眺めた。ここ水神地区は阿武隈川が津波にせき止められて逆流しオーバーフローした水が氾濫した。もう少し海に近い所では、津波が来て建物すら残っていない。お母さん達は本当に運が良かったのだ。堤防を降り、本降りとなった雨の中、堤防の桜に別れを告げた。

泥だらけ、濡れガッパの御一行は、ボランティア支援センターに戻った。泥を流してくれるスタッフ。借りた道具をチェックするスタッフ。それらを洗浄してくれるスタッフ。うがい薬を渡してくれるスタッフ。手洗いの場所や仕方まで教えてくれる。受け付けではボランティアの終了を確認するスタッフがいた。手洗い、うがいをし、汚れものをしまい一息ついた。持ってきたおにぎりをほおばる。こんなにおいしいおにぎりは久々だ。

かなり汗もかいた。交換用の下着を持ってきて正解だった。疲れたのだろうか、帰りは少しウトウトとしてしまった。

町に帰って来た。役場の職員に、泥は何が混じっているかわからないから、きちんと泥を洗い流すようにと言われた。住宅の化学物質、カビや錆、汚泥、重金属、雑菌、何があるかわからない。ヘタにすえば肺炎になる人もいるという。

自宅に戻り、持ち物の泥落としと自分の泥落としをした。シャワーを浴びながら、思ったより疲れているかもしれない、と感じた。

その亘理には、また27日向かうことになっている。


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