カテゴリー : 「セカイノカイノ」が行く!

東京オリンピック2020

山形新聞7月24日朝刊より

令和3年、
7月23日金曜日午後1時頃、ブルーインパルスにより、57年ぶりに都心上空に五輪マークが描かれました。
同日午後8時、東京オリンピックの開会式が行われました。

リアルタイムで、日本で行われるオリンピックを見るというのはとてもいいことです。
そして、このコロナ禍で、このイベントを作り上げた”力”というのは素晴らしいと思います。

一年の延期、いろいろな問題が発覚し、辞任する人が後を絶たず、また解任された人もいて、開催すら危ぶまれました。しかし、無観客にはなりましたが、ようやく開催されたということにうれしく思います。

社長カイノ的には、やはり開会式はいい!
国旗が掲揚台まで運ばれMISHAが国家を斉唱したとき、涙がちょちょ切れました。
花火も素晴らしかった。ドローンによる地球の立体表現に驚きました。プロジェクションマッピングにも感嘆しました。何より、日本選手団が入場したときには、テンションMAXになりますね。

パントマイムによるピクトグラムの表現も、いろんな人には分かりやすかったのではないでしょうか?今回のオリンピックでは50もの競技が開催されていることを身体を張って教えてくれました。

開会式について、ネットでは「演出がどうのこうの」「あれはダメだ」といろいろな人がダメ出しの意見を言っているようですが、あまりいい気持ちがしません。開会式を見て、感謝の気持ちで溢れている人やこの開会式で感動している人もいるのです。

確かに、コロナがなかったらもっといいものが作れたかもしれません。(野村萬斎氏の演出が見たかった)

でも、ここまで来ると、オリンピックが開催できる喜びと作ってくれた人に感謝を申し上げつつ、アスリートの皆さんを讃えたいです。

本日より、多くの競技がそれぞれの場所で始まりました。
リアルタイムで観戦=「いろいろな放送局とライブ配信で同時にそれぞれの競技を見ることができる」、という時代の進化を感じます。

競技を見て思うのですが、日本選手が勝つととてもうれしいですが、負けた選手にも、「あぁ、このコロナ禍で、日本にわざわざ来てくれたんだ!」という思いも湧いてきます。
また、あまり放送されない競技(ホッケー、ボートなど)も映像技術の進化で、面白く見ることができます。

ガンバレ!ニッポン!、そして、ミンナガンバレ!

山形新聞の朝刊には、このような比較記事がありました。おもしろいですね。

山形新聞7月24日朝刊より

最後に宣伝
☆あい電グループ、4Kテレビで応援キャンペーン開催中!お買い得商品も多数ありますのでお気軽にお声がけください。
☆エアコン設置、真っ盛り!現在1週間から10日待ちですが、まだお盆まで間に合います!


ゴールデンウィーク/5月の営業案内

あい電カイノ 寒河江店および大江店、パステルの営業のご案内を下記の通り申し上げます。

【4月】
 29日(木・祝) 通常営業
 30日(金)   通常営業
【5月】
  1日(土)   通常営業
  2日(日)   定休日
  3日(月・祝) 定休日(憲法記念日)
  4日(火・祝) 定休日(みどりの日)
  5日(水・祝) 定休日(子供の日)

  6日(木)   通常営業

 21日(金)   お買い得セール(寒河江店にて)
 22日(土)   お買い得セール(寒河江店にて)
 
23日(   お買い得セール(寒河江店にて)
 24日(月)   定休日

皆様にはご不便おかけしますが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。


あれから10年

2011年3月12日読売朝刊

2011年3月11日14:46のあの時から10年が経ちました。
当社はその日、売出しの前日で、営業は外回りしていて、店頭は準備していました。
それぞれがそれぞれの場所で被災したのでした。

本日、10年目の特集番組が各メディアで組まれていました。
そんな折、FMラジオをつけ車を走らせていました。そのラジオから流れるいろいろな想いを聴いて、涙しました。

10年たって忘れていたことがたくさんあります。
その中の一つ、「震災の10年後はどんな世の中になっているのだろう?」と考えたこと。
当時を忘れないために書いていたはずのブログを掘りだし、当時の心境を思い出したくなりました。

当社のホームページに残る記録のまとめです。

■ちーちゃんのその日、その時。母は強し。
2011年3月30日『揺れる街』

宮城県亘理町:被災自動販売機

■むーちゃん、宮城県亘理町へ災害ボランティアに行く
2011年 4月19日『災害ボランティアに参加した』
2011年 4月23日『亘理へ:その1』
2011年 4月24日『亘理へ:その2』
2011年 4月26日『亘理へ:その3』

宮城県亘理町:被災ピアノ

■消防団、気張る
2011年 3月21日『活躍する消防隊の影で』

■息子たちが見た被災地の現状
2011年 4月3日『子供たちを通してみた被災地』

■二男の通う小学校の学年通信から。
2011年 6月7日『さくら』より

■長男が七ヶ浜町へ災害ボランティアに行く。
2013年 6月3日『日常から』

■あの時、どんな毎日だったのか。仕事の状況は?復興や支援が次々と。悲しい真実も次々と。
2011年 3月12日『連絡取れないのでブログから』
2011年 3月14日『営業の案内とその後』
2011年 3月15日『エールを贈ろう!』
2011年 3月19日『晴れの日』
2011年 3月19日『カイノ電器の状況』
2011年 3月21日『地震の後遺症』
2011年 3月23日『山形の交通:23日現在』
2011年 3月25日『今日は自転車営業』
2011年 3月26日『間もなく四月だというのに』
2011年 3月28日『上を向いて歩こう』

山形県中山町:道路に亀裂

■4月7日の巨大余震におびえる
2011年 4月8日『余震の影響:その1』
2011年 4月9日『余震の影響:その2』
2011年 4月10日『あれから一カ月』
2011年 4月11日『余震の影響:電話不通』

■原発事故発生。恐怖におびえる毎日。情報が隠蔽され怒るむーちゃん。
2011年 3月15日『あわてる前に放射線を理解しましょう』
2011年 3月24日『24日の山形』
2011年 4月4日『情報の目利き』

■アーティストも動いた
2011年 3月25日『癒す力』(WongWingTsan:ウォンウィンツァン氏)
2011年 6月2日『海森彩生』プロジェクト(TINGARA)


【イベント】2021 決算大感謝セール

なんか前回のタイトルと似通ってますが、そこは置いといて…
カイノ電器、令和2年度の決算を飾る、春のフェア「決算大感謝セール!」を開催いたします!

開催日:2021年 3月12日(金)~14日(日)
    ※15日(月)は休業日となります。よろしくお願い申し上げます。
時 間:午前9時30分~午後6時まで ※14日は午後5時30分まで
場 所:あい電カイノ 寒河江店にて

今回は、『オーブントースター ビストロ NT-D700』『「はやうま冷凍」搭載 「野菜室が真ん中」タイプ NR-SMF486X』『ベーシック機能が充実のアラウーノ S160シリーズ』などのパナソニック新製品をご紹介!

また、2-3月冷蔵庫買い替えキャンペーン、3-5月新型家庭用エアコン先取り販売、4-5月洗濯機買い替えキャンペーンの予約注文、東北電力さんとのコラボ企画、エコキュートやIH200Vクッキングヒーター、東北電力推奨エアコンのオール電化、セミ電化の買い替えキャンペーンなど定番のキャンペーンも開催しております。興味あるアイテムがあれば、お買い得な今がチャンスです。

また、買うものがないよ~という方は、フランスベッド体験会、パナソニック電動アシスト自転車の体験会、耳の聞こえ相談会(13日土曜のみ)、多肉植物即売会(13日土曜のみ)、ヨシノクラフト鍋の実演会、電動車いすマイピア体験会、住まいのあれこれ相談会(12日金曜のみ)、お取り寄せスイーツ販売(数量限定)などのイベントもありますので、ぜひ遊びに来てみてください。小学生以下のお子さん向けのイベントもやってます。(必ず保護者同伴でお願いします)

ご来店の皆様にはコロナ禍ということもあり、体温の検温、マスク着用、アルコール消毒をお願いしております。どうぞご協力お願い申し上げます。

【ニュース】
当社、株式会社カイノ電器は、2021年2月19日に開催された経済産業省主催「製品安全対策優良企業表彰 PSアワード」におきまして、『中小企業小売販売部門 技術総括・保安審議官賞』を受賞いたしました。ここにご報告申し上げるとともに、お客様、取引先、メーカーの皆様に感謝申し上げます。


創業記念日

当社の創業記念日は定かではありません。ただし、創業年は大正15年(昭和元年)です。その後法人化し、会社設立としたのは昭和44年2月21日でした。ですので、設立記念日は2月21日ということになります。本年で創業95周年を迎えることになりました。

創業者海野俊治と妻なつゑ

当社の創業者:海野俊治は、東京日本橋で働いていた頃、東京はラヂオ放送開始で盛り上がっていました。創業者は秋葉原でラヂオの組み立てを覚え、大正15年に山形・左沢に戻ってから、金物屋の片隅にラヂオを置き、夜な夜な放送を流していたと聞いております。その頃、ラヂオ放送は東京だけで、山形ではまだ放送しておりませんでした。そのため東京から離れた左沢で聞くには、電波が成層圏と地表に反射を繰り返して、ようやく電波が届く夜しかなかったのです。
たまたま店先をを通りがかった街の住民は、その音の出る機械に興味を持ち、創業者に製作を依頼したのでした。それが海野ラヂオ店の始まりです。

昭和二十年代の海野家